合気道基礎知識 【15】稽古着について

稽古着の誕生

武道専用の稽古着が作られるようになったのは1800年頃のことで武者修行や他流試合が盛んになるとともに剣術、槍術、柔術それぞれ独自のものが作られていきました。田安散人「似匠誤号之弁」(写本、1794年)には、「身には稽古着なと云って、木綿ゆかたのさしつづりたる一つに猿股、引破れ袴などはきて」稽古したことが記されています。ここでいう「猿股」とは少し短めの股引(ももひき)のことで柔術の下穿として使われました。また「引破れ袴」は襠(まち)の高い馬乗り袴のことで、主に剣術で使われました。


ちなみに袴は大きく分けますと、男性の式服としてのこの襠高袴と男女が略式で穿く行燈があります。襠高袴は股の部分で裾が二つに分かれの、片足ずついれて穿きます。一方行燈袴は股が分かれていないスカート状のものです。合気道では足を使って動きますので、裾が分かれている襠高袴を男女共に用います。(剣道も同様です)


柔道専用の稽古着と下穿が出現するのは1820~30年代のことです。紀州藩の関口流では、道場に畳を敷くと共に稽古着は短筒袖、股引(ももひき)で稽古したことが記録に残されています。その後幕末から明治の中頃まで、袖が短く肘の出る柔道衣と短い「猿股」式の下穿が流行しましたが、明治41年5月の大日本武徳殿演武大会から袖の長い柔道衣と裾が踝(くるぶし)のあたりまである下穿に統一されました。



袴について

袴のはたらきですが、かつての武道家は攻撃を予測するために相手のちょっとした動作や仕草に目を光らせていました。もちろん足の動き(足捌き)にもです。足の動きが相手に丸見えでは自分がどんな攻撃をするのか悟られてしまいます。そこで袴をはき足の動きを隠したと言われています。また、室内での戦いを想定しての座り技もあり、その際、畳の上での移動、膝のすべりをスムーズにさせるはたらきもあります。


現在、袴は初段から(女性は三級から)つけることになっています。戦前は入門のその日から袴をつけていたそうですが、戦中戦後、衣料事情の経済悪化から現在のようになったようです。女性にはやはり体の線がはっきりと出てしまう股下(ズボン)のまま、長い間稽古をさせてはいけないという配慮があり、三級から袴をつけても良いということのようです。



着装

正しい着装をすることは、正しい稽古を行う第一歩です。次の点を注意します。
・稽古着は自分の体に合ったものを選びます。
・帯の結び方は横結びにします。
・袴の裾は引きずらない長さにします。
・常に清潔にするよう心掛けます。
・ほころびは相手の指などを怪我させることもありますのですぐに直しておきます。



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