古事記研究 (11)
10. 八俣の大蛇退治
須佐之男の命は高天原から追放され、出雲の国の斐伊川(ひいかわ)の川上、鳥髪(とりかみ)というところへ天降りました。 その時、箸が川上から流れ下ってきました。
須佐之男の命は「この上流に人が住んでいるのだな」と思い、川をさかのぼると、老夫・老女・娘が泣いていました。
訳を尋ねると、「私は大山津見神の子で足名椎(あしなづち)、これは妻の手名椎(てなづち)です。 八人の娘がいましたが、毎年、八つの首を持つ大蛇に一人ずつ食われ、今年は最後の娘・櫛名田比売(くしなだひめ)が食われる番なのです」と答えました。
須佐之男の命は櫛名田比売を嫁に欲しいと言い、八俣の大蛇を退治することにしました。 櫛名田比売を神聖な櫛の形に変え、自分の髪に挿し、足名椎・手名椎の神に濃い酒を入れた大きな器を八つ用意させました。
やがて八岐大蛇が現れ、八つの器に頭を入れて酒を飲み干し、酔って伏して寝てしまいました。
須佐之男の命は十拳の剣を抜き、大蛇を切り刻みました。 その尾を切った時、中から一本の剣が現れました。 これは特別な剣であると考え、天照大御神に献上しました。これが草薙の剣です。
その後、須佐之男の命は櫛名田比売と両親を連れて出雲の須賀へ行き、 「ここはすがすがしい」と言って宮を建て、八重垣をめぐらしました。 二人は結婚し、八嶋士奴美(やしまじぬみ)の神が生まれました。
【追記】
- 八俣遠呂智(やまたのおろち)
一般には「八岐大蛇」とも表記されることもあります。
八つの頭と八つの尾を持ち、体は苔や杉・檜が生えるほど巨大で、目はホオズキのように赤く光っていたと記されています。 - 草薙の剣
この草薙の剣は後に三種の神器の一つとなり、日本神話の中心的な宝となります。 - 日本最古の和歌
古事記には多くの和歌が登場しますが、私にはまだその意味がよくわかりません。
しかし、一つだけ有名な歌があり、その意味だけは分かりますのでご紹介します。
八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣を
やくもたつ いずもやえがき つまごみに やえがきつくる そのやえがきを
意味:雲が幾重にも湧く出雲の地で、妻との新居にふさわしい場所を見つけた。妻のために垣根を幾重にも造ろう。
【追記】道 歌
- すさの男の玉の剣は世にいでて東の空に光り放てり
- 現し世と神や仏の道守る合気の技は草薙ののり
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