正勝 吾勝 勝速日の教え
故藤田昌武師範の教えです。
藤田先生は、開祖の身の回りのお世話をされていました。その中でたくさんのことを直に教わったそうです。
その中の一つが「正勝 吾勝 勝速日(まさかつ あがつ かつはやひ)」で、開祖が好んで使われていた言葉だそうです。
「正勝 吾勝 勝速日」とは何か
藤田先生から要点を簡単明瞭に教えて頂きました。
- 正勝・・・正しく、正々堂々と勝つ
- 吾勝・・・他人に勝つのではなく、自分に勝つ
- 勝速日・・一瞬にして勝つ
そして、藤田先生は「この言葉は開祖が何度も何度も言われたお言葉だから、とても大事な言葉なんだ。 自分でもしっかりとこの言葉の意味を勉強しなさい。そうすれば合気道が分かってくるよ」と教わりました。
今の私には、まだ自分の言葉で「正勝 吾勝 勝速日」を語れるほどには至っていません。 そこで、いくつかの文献から抜粋した内容をご紹介します。
「合気道真諦」 99頁
合気道では、勝負を争うことをしない。しかし、これは勝ち負けがないという意味ではない。武道というのは相手との対立の形をもつため、 強い相手が出ればそれに勝つことに心がくだかれる。勝つことに、たえず努力を注がなくてはならなかった。
開祖は、この相手を自分自身に置き、それを「正勝吾勝」という難解な言葉で伝えた。そしてこれは私を今日に導く大きな支えとなってくれたのである。
吾勝。自分に勝つ、これこそが正しく勝つことだ、と私は思う。
私にとって敵は、決して強い武芸者ではない。自分自身である。昨日の自分であり、今日の自分である。この自分に打ちかつことが、結局は自分を前に進め、 前進の一歩一歩を刻んでくれるのである。「吾に勝つ」というのは、心の克服ばかりではない。「吾」の到達した技についても「勝つ」ことである。 昨日の技に今日勝って、前に進む。昨日の心、昨日の技に今日は勝ち、たえず進んで行く。そして、それにはまた、安易になりがちな自分に勝てねばならない。 つまり前進する日々の鍛錬、それこそ私は、合気道の真髄の存するところと言いたい。
【追記】上記の「私」とは、二代道主、吉祥丸先生のことです。
「植芝盛平生誕百年 合気道開祖」 22頁
開祖が好んで口にした「正勝」、「吾勝」、「勝速日」の三語は、開祖が合気道の理合いの要諦を端的に啓示したところの、開祖独特の成語であった。
その意は、「正勝」とは心に正しき義をもって不義なるものに勝つべき信念のこと。 「吾勝」とは己れの我執我欲を克服してすなわち己れにうち勝つべき信条のこと。 そして「勝速日」とは、実践の場においてはいっさい遅疑逡巡することなく一瞬にして相手を制すべき機先の動のことをいう。
日ごろのたゆまぬ、ひたむきなる稽古修業の積み重ねにより、この合気の三要諦を心身に自得したならば、 その者はいわゆる「戦わずして常に勝つ」の境地にいたりうるとする啓示である。
「植芝盛平生誕百年 合気道開祖」 23頁「開祖道話」
「合気道においては、こちらから攻めるということは絶対にない。 攻めかかるということは、己れの必勝の自信の未だ足らざる証拠であり、すなわちその気持ちがすでに己れの精神の負けを感じていることにほかならぬからである。」
合気道においては、絶対に相手に無理に逆らおうとはせぬ。相手の攻めかかってくる無謀なる力を全面的に利用して、 相手が己れの無謀なる暴力のゆえにみずから抑制することができず、みずから空転して倒れるよう、<気・心・体>の妙用をもって導くだけの話である。 したがって、相手に無謀なる暴力があればあるほど、こちらは楽なのである。
すなわち、戦わずしてすでに勝つところこそ、合気道が要諦とするところの「正勝」、「吾勝」、「勝速日」の大いなる価値があるのである。
「合気神髄」 26頁
最も重要な事柄は、正勝、吾勝、勝速日の御事に神ならわねばならない。 正勝は屈せぬこと、吾勝はたゆまぬこと、勝速日は勝利栄光をいう。
【追記】
正勝 吾勝 勝速日は、古事記に出てくる神様の名前です。天の岩戸で有名な天照大御神の長男で、正勝吾勝勝速日天忍穂耳命といわれます。
正勝吾勝勝速日は神様を讃える言葉で、天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)の尊称として用いられます。
【ご参考】
古事記研究 7. 誓約(うけひ)
正勝吾勝勝速日天忍穂耳命の誕生の話と、正勝吾勝勝速日を用いた道歌を掲載しています。