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古事記研究 2-5|合気道 八千代円明会

第2章 大国主の神の試練と国造り

5. 海から来た小さな神

大国主の神が出雲の海岸を歩いている時、蛾の皮を丸剥ぎにして作った着物を着た「小さな神」が、天の蔓芋を割った船に乗って、波頭を伝わり近寄ってきました。

そこで、大国主の神は、その小さな神に名前を聞かれましたが、黙っておられました。 大国主の神は、そばにいる神々に「誰かこの神の名前を知らないか」とたずねましたが、皆「知りません」と答えられました。

ヒキガエルが「久延毘古(くえびこ)の神がきっと知っとるでしょう」と申し上げたので、 久延毘古の神にお尋ねになると「これは神産巣日の神の御子で、少名毘古那(すくなびこな)の神と言われます」と答えられました。

そこで大国主の神が、神産巣日の神に本当ですかとお尋ねになりました。 神産巣日の神は「葦原の色許男の神よ、疑り深いな。これは本当に私の子供です。 あまりにも小さくて私の手の指の間からこぼれ落ちたのです。お前たちは兄弟になって、その葦原の中つ国を治めなさい」と言われました。

大国主の神(=葦原の色許男の神)と少名毘古那の神の二柱の神は、協力して豊かな国造りをされたのですが、 少名毘古那の神は、そのお姿のようにこの世界におられる時間は短く、間もなく常世の国へお帰りになられました。

さて、久延毘古の神は、今では山田の曾富騰(そほど=かかし)と言われ、歩くことはできませんが、天下のことをすべて知っている神です。


【追記】

  • 曾富騰(そほど)とは、かかしの事で、童謡『かかし』の「歩けないのか、山田のかかし」です。
  • 大国主の神が仲間と協力して国造りを進める姿は、合気道における「和合」の精神と重なります。

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